関町ニューウエスタン

②複数バッテリーの理由

 

【前文】

 東京都練馬区で活動する少年野球チーム「関町ニューウエスタン」は、45年前にチームを創設した時から怒声罵声を禁じ、短時間練習や保護者の負担軽減など当時は珍しかった理念を貫いてきた。複数の選手に投手と捕手を経験させるのも、チームの特徴の1つ。そこには、石川誠監督が「子どもたちに自分と同じ失敗をさせたくない」という強い思いが込められている。

 

【本文】

 1977年に発足した関町ニューウエスタンは当時、異色のチームだった。チーム理念は「選手を中心に野球を楽しむ」。勝利を追求して怒声罵声が当たり前だった時代でも、怪我のリスクを高める長時間練習を禁止し、できるだけ多くの選手を起用して野球の楽しさを知る機会をつくった。

 

 現在チームを指揮している石川監督も、この理念に共感している。最優先するのは、選手に怪我をさせず、野球の楽しさを伝える指導。「子どもたちに自分と同じ思いはさせたくないんです」。30年以上経った今も消えない記憶がある。

 

 小学校2年生で野球を始めた石川監督は高校時代、アンダースローの投手だった。できるだけ長く野球を続けたいと、先のステージを見据えて練習していた。ところが、高校3年生の時、マウンドに立てなくなった。原因は、怪我によるイップスだった。

 

「ボールを全く投げられなくなりました。今になれば原因は分かりますが、投球フォームに問題があって、負担がかかった肩や肘を故障してしまいました。大学で野球を続けられなかった後悔は、今も消えていません」

 

 高校で野球人生に幕を下ろした石川監督。再びボールを握ったのは30歳の時だった。人数が足りなかった草野球チームに誘われて、試合に出場した。「イップスの感覚を忘れていたので、思ったよりもボールを投げられました」。これが、野球を再開するきっかけとなった。

 

 石川監督は高校時代に怪我をしてから、ユニホームを脱いでも怪我の原因や体のメカニズムを勉強していた。書店で関連する本を見つければ必ず目を通した。インターネットが普及してからは、様々な専門家の意見を調べたり、動画を見たりして、最新の知識や技術を学んでいた。

 

自身は故障によって高校までしか野球ができなかった。あの時、故障を防ぐ知識があれば。悔いはある。だが、苦い経験を少年野球の指導者になって生かしている。選手の投げ方を大きく修正することはないが、肩への負担が最も小さいとされるゼロポジションを意識して指導する。特定の選手が肩や肘を酷使しないように球数を管理。さらに、複数の選手が投手と捕手をできるチーム作りをしている。チームに所属する小学1年生から6年生まで27人のうち、5人は投手と捕手の両方を守っている。

 

「投手をやりたがる子どもは多いので、『それなら捕手も練習しよう』と伝えています。投手をやりたくて自主練習する子どももいます。選手にはバッテリー以外にも複数のポジションを経験させていますが、実際に守ると各ポジションの大変さが分かるのもメリットです」

 

 チーム練習は日曜日のみで34時間と限られており、ブルペン投球は各選手15球ほどに抑える。実戦形式のメニューで打者相手に投球する機会を増やし、少ない球数でより多くを得る狙いで練習している。石川監督は「投手と捕手は特定の選手に起用が偏ると、怪我をするリスクが高くなります。中学生になるとポジションが固定されやすいので、小学生のうちに投手をやってみたい選手には経験させたいと思っています」と語る。

 

 子どもたちの怪我を防ぐ指導、多くの選手に複数のポジションを経験させて試合に出る機会をつくる方針は、子育ての経験からも生まれている。石川監督には3人の息子がおり、全員が少年野球チームに入っていた。

 

 ある日、息子の1人が不満を爆発させた出来事があった。チームが大会で好成績を残し、受け取ったメダルを手に帰宅した。すると、「こんなメダルはいらない。試合に出ていないんだから」とメダルを投げつけた。チームの監督は試合に勝つために選手を固定し、出場機会がなかったことに悔しさと怒りを抑えきれなかったのだ。

 

 父親として少年野球の現場を見る中で、疑問を抱くことも少なくなかった。例えば、息子のチームメートは送りバントを失敗すると指導者に怒鳴られるだけで、何を改善すべきかを伝えられなかった。投手をやっていた子どもが肘に大きな負担がかかる投げ方をしていても、指導者には修正されず酷使され、結果的に軟骨剥離で半年間投球できなくなる事態も目にした。楽しくて始めたはずの野球で苦しんでいる子どもたちを見ていられなかった。

 

石川監督の指導の根本にあるのは、野球の楽しさを伝えること。「野球を好きなまま、チームを卒業させたいと思っています」。怪我で野球をあきらめたり、偏った選手起用で野球を嫌いになったりする子どもは見たくない。

 

(間 淳/Jun Aida

 

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